在日の「僕」は、「在日文化」の風化を語る vol.3

投稿日:2019年1月18日 更新日:

全三回の連載も今回で最後になります。

今まで、在日の現状と個人的な背景を書いてきましたが、今回は在日の意識と無くなり行く生活の側面を書いていきたいと思います。

皆さんは在日についてどういった印象を持っているでしょうか。
差別の対象、コリアンタウン、パチンコ、焼肉、はたまた反日分子まで色々なイメージがあると思いますが

僕が考える在日を現すものはもはや、各家庭で作られているキムチだけであると考えています。

第一回目でも書かせていただいた通り在日は絶滅危惧種であり、自然に消滅していくことはデータを見ても間違いありません。
在日がいなくなって行く事でマイノリティーの差別がなくなるわけではありませんが、状況は大きく変わってきています。
その中でも差別撤廃や権利を主張していくべきではありますが、多くの同胞の日常にとっては現状あまり触れられたくないという人も多く、もう帰化も済んで殆ど日本人として生きていっている在日が圧倒的多数だと思います。

その中で唯一僕達にとってのアイデンティティというのは、もはや家庭料理の品目や冠婚葬祭のマナーの違いが日本人社会とあるというくらいです。
その差だけが僕にとっては重要であり、その部分しか3〜4世にとってリアリティがある事柄として想像力が働かないのではないでしょうか。
1世や2世が過ごしてきた激動の歴史や大変な苦労というものを僕達は本質的に理解しようがありません。ただ、情報としては受け取ってはいても、それはもう現実感が薄れつつあり、物語になっています。
そして、1世や2世が自分達のルーツや文化を伝える事に積極的ではないと感じています。
ルーツや文化と言っても、もっと素朴で日常的な事柄です。
それはキムチや韓国式の家庭料理、調味料の作り方であり、冠婚葬祭時の儀式の進め方であります。
3〜4世で家庭料理の作り方や冠婚葬祭の取り仕切り方を知っている人がどれだけいるでしょうか。
儒教の影響が強いという側面があるので、女は料理、男は祭事の取り仕切りと分けたとしても僕は両方全く分かっていません。
というよりも、その両方を見聞き、体験した事はありますが、最早家でキムチや韓国料理を作る事なく、キムチは外で買い入れ、祭事に関しては結婚式で男女共に韓服を着る事は稀になり(特に結婚相手が日本人であれば色々トラブルを防ぐために着づらいというのはありますが)韓国人にとって大切な法事なども簡素化し行われなくなっています。
僕自身、キムチや韓国の調味料などを作る事も、祖母や母のレシピも知りません。
また法事の取り仕切り方も知りません。

僕が面白い儀式として聞いた事がある、結婚した新郎が新婦側の親族へ挨拶へ行った際に親族に干し鱈(メンテ)で足の裏をボコボコに殴られるという風習も実際に見た事はありません。
こういった民族意識とは別の素朴な民衆において行われていた風習や食卓の風景がもう後20年もすれば完全に消えるという事が一番悲しく、寂しい事だと思っています。
そういうある種差別や苦労や激動の物語は歴史として残り易いでしょう。
それと逆に日常や生活における知識や情報はあっという間に消えて行きます。
それは日本の農村や地方でも繰り返されて来た事ですし、日本だけに限らず移民という存在においてよく見られる事だと思います。
その一点だけに、僕は一抹の虚しさというか、悲しみというか、切なさのようなものを感じてしまって仕方ありません。

在日の文化

在日自身がそういうポイントに着目しているとは周りを見ても思えないのです。
生まれ育った国の文化風習に馴染んで行くことは当たり前の事です。
日本のように移民や外国人に対して寛容とは言えないお国柄を持っている国で暮らす以上変えていくのは別に悪いことではありませんし、必要にかなり迫られる場面が多いのは事実です。

しかしながら、別のレイヤーを幸か不幸か持った存在だからこそ視野は広がるという事もあるのです。
ですが、在日自身がそれを忌避しているように僕には見受けられます。
もはや、祖国の言語や文化や歴史すら多くの3〜4世は話す事も出来なければ、知識としても知ってはいない事が殆どです。
何度か韓国人の留学生と話していて、法事や家庭におけるの教育の話などをしていて驚かれました。「そんな事はもうこっちではやっていないよ」と。
もちろん、韓国や北朝鮮においても地方と都市の差はあるので一概には言えませんが、その事をポジティブに捉えるとするなら、本国では既に忘れ去られた、無くなってしまった文化や風習がシーラカンスのように絶滅せずに在日コミュニティの中で残っているのかもしれません。
ただ、それすらももう後数十年以内のうちに無くなるのは間違い無いのです。

最後

最後に、僕が一番強く思う事が、在日という存在をネガティブに、在日自身が捉えており、またその目線故に多くの事を喪って来ているという事です。
在日=被差別者、マイノリティーであるという事は事実です。
ただ、在日自身がナショナルや民族意識にだけ特化し考えるハードコアな(総連や民団etc)人達か、多くの無関心、隠蔽、過剰に忌避するという二つに分かれ分断されています。
前にも書きましたが、僕は生まれてこの方直接的に在日という事で不利益を被ったり、差別をされた事は記憶の上ではありません。
そういうラッキーであった僕だからこそ見える視点があります。
失われ行く多くのものを、止めようがないその流れを間近に見つつ少しのセンチメンタリズムを感じながら、なるべく語って行こうと思っています。

余談ではありますが、祖母が亡くなるまでに色々家庭料理を教わったり、祖父に家系図(韓国人にとっての家宝)を見せてもらいながら色々な未だ知らされていなかったエピソードや系譜を教えてもらおうと思っています。

在日は絶滅危惧種である。
しかし、それを過剰に保護する事は必要ありません。どのような文化も風習も本質的に必要とされ、強度があるものであるなら、誰に言われる事もなく我々自身が守り続けるものだからです。

在日の「僕」は、「在日文化」の風化を語る vol.1

在日の「僕」は、「在日文化」の風化を語る vol.2

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